無料アクセス解析レンタル掲示板無料ブログ作成掲示板/日記/ブログ無料
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | | - | - |
とどこおってますなぁ〜
まるで他人事のように
とどこおりまくりの自ブログをながむる。

別に書くのをやめちゃったわけではなく、
むしろちゃんと別な場所で書いているわけなんですけれども。

ちょっと今日はこっちに書きたくなったんで書いてみる。

わたしが毎日楽しみにしているとあるブログ主さまが
このほど結婚を前提にお付き合いしてきた方から
お別れを告げられ、
その時の心模様を刻銘に綴っておられたのだが、
それを読むにつけ
「あぁ…、関係性が変わったんだなぁ…」と思う。

自分と相手の関係性に
「あたしたちは恋人」とか「あたしたちは友達」とかって
思いこみからくる名前をつけて、
立ち位置を割り振っていることに
ある日ふと気づかされる時があって、
それに気づいた瞬間に
相手との関係性は
今までよりもむしろ無限の広がりを持ってくるっていうか、
自分と相手は、別にどんな関係でもないかわりに、
どんな関係でもある、みたいな、
そんなパラドックス的な感じがブァーっと広がって、
一気にくたびれた気分になったことがある。

今まで親友みたいに付き合っていた人と、
いきなりキョリが出来てしまったように思える時もあるし、
恋人同士だと思っていた人とも、
時が来たら別れてしまったりってこともある。

でも、どれもこれもみんな、勝手な思い込みで
その呪縛から解き放たれた瞬間に、
誰かを特定の枠に入れたまんまにしておくことなんか
絶対に出来ないんだってことを知る。

人間は、必要とされなくなったことを嘆きがちだけど、
むしろ、必要とされなくなったことは喜びに繋がるような気さえする。

だって、その人は、
今まで何らかの形で自分を必要としてくれていたけれど、
もう自分の助けなしにでも
一人でやっていけるんだよ?
それってすごいことじゃない?って思うわけです。

われらは色んな人とすれ違いながら生きていて、
そのすれ違いの時間感覚もさまざまで、
一瞬だけすれ違ったように思う人もいるかと思えば、
これってすれ違いの範疇超えてるんですけど?っていうくらい
長く袖すりあっちゃう人もいるんだけれど、
だからといって、それが生む差異なんかなくて、
一瞬だけすれ違っただけだと思ってたはずの人が、
自分がピンチの折に助け舟を出してくれたりすることがあって、
関係性を決定づけているのって、
やっぱり自分勝手な思い込みなんだなぁって思う。
し、その中の誰ひとりとして、ひとつ所にとどまり続けている人はいない。

けれど、それって別にさみしいことでもなんでもなくて、
次にすれ違うべき人が向こうからちゃんとやってくるってことだから。

だから、件のブログ主様にも
自分の中の色んな感情を味わい尽くして、
また次に進んでいって欲しいなぁと思うわけで。

何かが終わるってことは決してないから。

単に、関係性が変化した、っていうだけだから。

相手が同じ所にとどまれなかったのと同じように、
自分だって同じ所にとどまり続けることなんか出来ないんだから。

遅かれ早かれ、関係性というのは姿形を変えていくものだと思う。

付き合ってきた二人がした選択が、結婚という形だったりすると、
世の中から「おめでとう」と言ってもらえちゃったりするもんだから、
なんだかそれがいい選択のような気になってるだけの気がするし。
結婚したからって、関係性が永遠に安定するだなんて、
それ、なんて神話?って気がするし。
関係性というものに、真正面から向き合って
受け入れなきゃいけないものが山のように出てくるし、
よほど愛してる人じゃないと大変過ぎる暮らしの始まりだし、みたいな。


って、なんかわたしなりにブログ主様を励ましたかったんだけど、
なんか負け犬の遠吠えにしか聞こえなくなってきたんで
ここらでやめとく〜。


とにかく。
毎日毎日、自分が何を選択しようとしているのかを
注意深く、かつ冷静に、見守りながら生きていきたいです、わたし。





| shortcut | 03:37 | comments(0) | - |
GOLD

天海氏のドラマなので見てます。

野島作品ですけども。

ここ最近の野島作品、なんかグダグダで
最終回まで見るのが辛い感じが否めなかったんですけども、
今回のはちょっとしたコメディも入ってて、
でもドロドロもちょっこし入ってて、
最後まで見れそうな感じ。

ドラマのセリフをよく聞いていると
その脚本家が何を大事にしているのかが
垣間見える気がする。

野島さんって、ものすごく究極な繊細さで
この世界を生きているんだなぁと思いました。

たとえば、今回のGOLDで天海氏が発したセリフ。

「何をおいてもかけつけてくれる友達が、
あなたにはいるの?」

というもの。

そりゃ、何をおいてもかけつけてくれる友達が一人いてくれたら
ものすごく心強いし、ものすごく頼りになるだろうけど、
何をおいてもかけつけられたことによって
わたしはきっと引け目を感じてしまうだろう。

わたしのピンチなんだから、
自分で責任を取りたいと思う。


野島さんて、100か0かどっちかの人のような気がする。

野島作品結構好きで、
「世紀末の詩」や「この世の果て」っていうドラマをビデオ借りて見たりしてた。
あれも100か0かを描いてた気がする。

100が存在することを信じたい気持はわかる。
100の存在を希求する気持ちの度合いで、
その人の純度を計れるように思うし、
実際わたしも昔は100じゃなければいらないと思っていた。
だから、そんな世界を見せてくれる野島ドラマがすごく好きだった。

でも、今は、相手に100を求めることが
もはやおこがましいというか、
自分が100を差し出せないくせに、
相手に100を求める理不尽さに気付いてしまったというか、
だから、100を求める世界を100パー楽しめなくなってる、みたいな。

しかし、今までと違うところは
天海氏扮する早乙女氏が
100を得られない自分を嘆いていないというところか。
嘆かないばかりか、100など得られるものではない、と
ちゃんとわかっているというか。
でも、野島作品なので、この先どうなるかわからない。
あの強い母親が、どこかで崩れる可能性も十分ありうるわけで。

エドさんの役どころが、
100を求めながらそれが得られないことを
誰かのせいにすることで
自分を保っているような感じで、
完全なる逆恨み体質。
ああいう人を描くの好きだなぁ、野島さんて。

ま、いろいろ言いましたけれども、
わたしはこのドラマでの天海氏のセリフがことごとく好きです。

第一話での夏八木勲さんの
「精一杯努力をして負けた人間を守るのはいい。
けれど、何もせずに逃げている人間を守る必要はない」
っていうの、すごくわかるなぁ。


一生懸命やって結果が出なかった人間を
誰も責めたりしない。
そういう人間は、本当の悔しさを知っているからね。
だから「次」があるんだよね。
でも一生懸命やらなかった人間には、「次」なんかこない。



ドラマの天海氏の軸になっているのは、
「自分のことは自分で責任を取る」という座標なので、
なんか好きだなぁと思って。ついつい力はいっちゃうね。


来週も楽しみ。
エドさん、天海氏を刺しそうな勢いでやだなぁ。






| shortcut | 02:43 | comments(0) | - |
おそまきながら

はい。
本日二度目のエントリ。

おそまきながら、まいこーのTHIS IS IT を拝見いたしましたよ。

圧倒された。

のひとことに尽きるわけで。

もうね、こっちはね、
まいこーくらいになると、
ちょちょいのちょい、でいいものが創れるんだろうな〜くらいに
思ってたわけですよ。
だって、天才だもの。
でも、ちがかった。

うすうす感づいてはいたものの、
やっぱりまいこーはショーに全身全霊をかけていた。

昨年行われるはずだった幻のツアーの
バックダンサーに選ばれた人たちとのやり取りや、
音のひとつひとつにこだわって、
どうやったら最高のものを見せられるのかだけを
考えて行動してるまいこーを見てたら、
わたしみたいな怠け者が

成功をつかむ日なんか来ないんだろうなぁ〜、と痛感。



まいこー、御年50歳にして
体重を微塵も感じさせないあのダンス。
バックダンサーたちが、曲終りのキメポーズで
息の乱れを必死で抑えている場面でも、
まいこーだけは一人涼しく、息の乱れも全くない。
人間ワザじゃない。
歌だって軽々と歌ってるように見える。
やっぱ人間じゃなかったんじゃね?
魔界からいらししたとか?
それに、バックダンサーの中には
まいこーよりもずっと体が大きくて
筋肉質で、動きがダイナミックな人がたくさんいるのに、
ちっちゃいまいこーが一番大きく見えるのは何故だろう?
他人の輝きまでも、はからずも我がものにしてしまうまいこー。
まさに ネ申。

まいこーにとっては、踊ってることのほうが普通の状態で、
動かずにジッとしてる時は、我々にとっての睡眠状態みたいなもんなんだろうな。

そんな素晴らしきまいこーと、
みんな一緒のステージに立ちたくて、
夢見て夢見て憧れて憧れてきた人たちが、
バックダンサーとして選ばれて、
ようやくその夢の幕が開く日が近づいてきた矢先の
まいこーの死。

あのバックダンサーたち、一種のPTSDになってないかな。。。

あたしが彼らの立場だったら、
たぶんまだ前を向けないで、
まいこーと重ねたリハーサルのことばっかり思い出しながら、
過去に生きてる気がするわぁ。
だって、彼らにとって
まいこーと過ごしたリハーサル以上に刺激的なことは
後にも先にもあの時限りな気がするから。
そして、まいこーと共に浴びるはずだったライトの輝きを
一生リアルに感じることがないまま、
過ごしていきそう。。。

まいこーはダンスも神で、歌も神で、
ショーへの意気込みも神で、
何もかもが人間離れしてて、
そんな人間に一度でも出会って、
その人が見せてくれる世界を垣間見てしまったら、
まるで魔物にとりつかれたように
魂をすべてもっていかれてしまうだろうな。
自分が生きてる現実が、
ちっともリアルに感じられなくて、
まいこーが見せてくれた世界に
溶けてしまいたい気持ちになってしまうと思う。
自分の命なんか、まいこーの命の中に吸い込まれてしまってもかまわない、
って、わたしなら絶対にそう思っただろうし。

なんにしても、バックダンサーの彼らに今、
自分のリアルを生きていて欲しいなぁと
激しく思った。




こういったドキュメンタリータッチのものを見ると
いつも思うこと。
それは、
「好きなことに集中している人の顔はキレイ」
ということ。
そして、それを見ているわたしも
いつのまにかニコニコしているということ。

みんながみんな、好きなことに集中できる世界になればいい。
そしたらみんなが自然とニコニコ出来る。

まいこーが夢見た世界も、
きっとそんなシンプルなものだったんじゃないかな、と思った。






| shortcut | 18:14 | comments(0) | - |
一体

昨日の「爆学」見た人〜。は〜い。

野田さんでした。
来週も野田さんでお送りするらしい。
楽しみ。

遊眠社の芝居をテレビか何かで初めて見た時、
「なんて疲れる演劇だろう…」と思った。

あの時のわたしにはなんだかピンとこなくて、
静かに座って縁側で本を読んでいる時みたいに
言葉だけがスーーーッとしみ込んでくるような芝居のほうが
好きだった。
し、演じるというのは、感情をどれだけ言葉に乗せられるか、
だと思っていた。

でも、いつからだろう、言葉は言葉だけでは成立しない、
と思うようになった。

言葉と身体。
一見ものすごくかけ離れたもののように思えるけれど、
実はどちらか一方だけでは表現しきれないものなんだなぁ。

わたしは、ある時点まで
言葉だけですべてを表現できると思っていた。
そう信じて疑うことがなかったので、
そういう作業をしていく中で、
その空間に突如として現れる行き止まりの正体が
なんなのかわからなかった。
なぜ、万能であるはずの言葉に、
行き止まりが存在するのかわからなかった。

しかし、よくよく考えてみれば、
口から出たり、指先から出たりする言葉は、
身体を通して伝えられるものだった。
何年か前にそれに気づいた。
だからといって、わたしの何かが大きく変わるようなことはなかったけれど、
それからは少しずつ身体を意識するようになった。

言葉でいくら何かを語ってみても、
それを体現する肉体が嘘をついていると
濁った響きになっていく。

肉体と精神は、決して切り離せるものではなかった。
言葉だけが先行しても、
肉体がそれをヨシとしなければ、
風は吹かない。
言葉だけで風を起こそうとしても、
唇をすぼめて、息をフーーーッと吹き掛けなければ、
小さな風すら起こすことができない。
言葉と肉体は、ふたつでひとつ。
ことだま、という言葉があるけれど、
言葉のすべてに魂が宿るということじゃなく、
発した言葉がどれほど肉体を通して語られたかによって
魂の凝縮具合も違ってくるんじゃないか、いや、
違うだろう、と確信さえしている今日このごろ。

何かひとつだけで成立する世界などないのだ。

ここにもまた、すべてはひとつ という
近頃のわたしをひきつけるキーワードがあったんだなぁ。


来週の野田さんも楽しみです。

しかし、遊眠社時代の芝居はやはり疲れる。。。






| shortcut | 15:32 | comments(0) | - |
九死に一生

久方ぶりでやんす。

別に書きたいことがなかったわけじゃないが、
ヒマさえあればDSやってるかマンガ読んでるか、
というテイタラクだったので、
パソコンに向かう時間がおのずと減少す。

今後もそんな傾向が強まりそうでやんす。


そんな中、水曜日、髪の毛を切りにいきがてら
帰りにぶくおふに行き、
あれこれとチェック。
そして、軽快にチャリを漕ぎながら
高校のグランド脇を鼻歌交じりで通過していたその時、
わたしの左横スレスレに
野球部のボールが
「バスッッ!」って音を立てて落ちてきた。

最初は何ごとが起こっているのかわからず、
ただただ驚きながらも、
足はしっかりチャリを漕いでいたので、
「あぶにゃいだろこにゃろ〜!」と
注意をすることも出来ず、
そのまま家路についてしまった。

でも、もしあのボールがわたしの頭を直撃していたら
今、こんな風にブログを書いていられなかった。
確実に死んでるか、確実に壊れてたと思う。
普通に生きていたって、死と隣り合わせですよ。マジで。
病気だから、とか、貧乏だから、とか、
そういう特別な理由がなくたって、
人間なんかいつ死ぬかわかりませんよ。
毎日が神様から貰ってるプレゼントです。
それを大事に思いながらありがたく使うか、
当たり前に思いながらぞんざいに扱うか、
すべてはあなたしだ〜い。
なんか我々、毎日ものすごい選択を迫られてるんだね。
しかも、どっちを選んだとしても自由だなんて、
すごいね、神ちゃん。
奔放すぎじゃね?
どっちを選んでもどっちも正解ってすごくね?

というわけで、わたしは前者を選びながら生きることにしました。

だって、そっちのほうが生きてる感じするし、
なんかワクワクして楽しそうだし。


なんにしても、親より先に逝くことがなくてよかった。

もしあのボールが直撃してたら…と思うだけでドキドキする。

あの時、鼻歌歌うくらいハッピーだったから、
あのままボールが当たって死んでたら
それこそハッピーなまま死ねたかもしれないけど。
でも、まだまだわたしには出来ることがあったし、
乗り越えるつもりでとっておいてるものがあった。
まだ読んでないマンガもあったし、
まだクリアしてないゲームもあった。

少ないけれど、わたしを頼りにしてくれている人もいた。

そう思うと、まだまだおいそれとは死ねない。

たぶん、昨日からのわたしの命は
貰った命だろう。
というわけで、貰った命を有効に存分に使わせていただきます。






| shortcut | 03:18 | comments(0) | - |
Page: 2/249  << >>

Calendar

1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>

Profile

Recommend

Recommend

Recommend

This is love(初回限定盤 SS version)
This is love(初回限定盤 SS version) (JUGEMレビュー »)
SMAP,LOVE PSYCHEDELICO,小室哲哉,市川喜康,ArmySlick,本間昭光

Recommend

This is love(初回限定盤 SB version)
This is love(初回限定盤 SB version) (JUGEMレビュー »)
SMAP,LOVE PSYCHEDELICO,小室哲哉,槇原敬之,ArmySlick

Recommend

Recommend

Recommend

Recommend

Recommend

この瞬間(とき)、きっと夢じゃない
この瞬間(とき)、きっと夢じゃない (JUGEMレビュー »)
SMAP,Hi-Fi CAMP,大智,長岡成貢,youwhich

Recommend

Recommend

smap

blogpet

Search

Entry

Archives

Category

Link

Feed

Others

Mobile

qrcode

Sponsored Links